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平成30年度

平成30年度

12月

 

 平成という時代が、あと数カ月で終わり、また新しい時代が始まろうとしています。昭和生まれの私は、今年で33歳になりました。人生の分岐点は沢山ありましたが、親の反対を押し切って一人暮らしを始めたのがちょうど10年前でした。それまでは電車を乗り継ぎ、約1時間かけて通勤していましたが、よく帰りの地下鉄で眠ってしまい、気が付くと終点ということが何度もあり、一人暮らしを考え始めました。
 一人暮らしに憧れていたこともあり、実家を出ることにためらいはありませんでした。しかし、両親(特に父親)は猛反対。父に「お前には無理だ。」と言われた瞬間、私の決意は固まり、すぐに部屋探しを始めたのを鮮明に覚えています。
 いざ始まった一人暮らしは、それはもう快適!・・・なことばかりでもなく、想像よりも出費が多く、家事も大変。周りの方に助けてもらっていたのだなと、痛感することになりました。一人暮らしを続けられたのも、沢山の方の支えがあってこそでした。それでもやっぱり、一人暮らしをしたことに後悔したことはありません。私にとって、人として大きくなれた経験でした。将来、もし我が子が一人暮らしをしたいと言ってきたら、私も両親のように一度は反対し、本人の意思を確認するかも知れません。
 そして今、新しい家族との生活が3年目に突入しました。仕事や家事・子育てに追われ、自分の時間は後回しになり、ホッと一息つく間もなくなってしまいましたが、それではダメだと思い、時々大きく深呼吸することを心掛けています。
 子育てしながら仕事をすることの大変さをみなさんと共感しながら、我が子はもちろん、保育園の子ども達のささやかな成長にも気付き、喜べるように余裕を持ち、ゆったりした気持ちで何事も取り組んでいける保育士を目指して毎日を過ごしていきたいと思います。
 明日も明後日も、次の時代も、ささやかな幸せ、みんなの笑顔が沢山ありますように・・・。

次は、木村友香先生です。


 

 

 

 

畑原真未 先生

 

 

 

11月

 

 11月は七五三のお参りに神社やお寺に行かれる方もたくさんいらっしゃると思います。子どもの健やかな成長と健康を祝う日ですね。
 私は、毎月氏神様と八坂神社に月始めのお一日の日に先月も無事に過ごせた感謝と、この月も元気に健康に過ごせるようにとお参りします。神社に行くと結婚式やお宮参りに偶然に出会うことがありますが、それは幸運なことで拝殿にお参りしている時にも爽やかな風が吹いたりすると、神様がよく来たねと喜んでくださっているそうです。
 そして、お参り後に八坂神社では厄除けぜんざいをいただき、氏神様ではおみくじを引くのですが、その裏面に「心の糧」という文があります。「有り難い」と云う心、「生活を楽しむ心」「正しい言葉を使うこと」等があり、その内容はその折々に心にとめる必要のあるものであると感じています。
 「正しい言葉を使うこと」の中に、親しきなかにも礼儀あり「丸い玉子も切りよで四角、ものも言いようで角がたつ」があり、母が言っていたなあと、思い返しております。
 今月もあたり前のことがあたり前に出来ることに感謝し、来月もくぜにし保育園の子ども達が毎日元気に過ごせるようにとお参りに行けることを今から楽しみにしております。


次は、畑原真未先生です。

 

 

 

 

仲村志賀子 先生

 

 

 

 

10月

 

 5年ほど前に、友人からサーフィンとボディーボードを教えてもらい、するようになりました。本格的にやりだしたのは、去年からになりますが、最初は波が怖くてバランスを取ることも、波に乗る事すらできませんでした。でも、少しずつ挑戦していくうちに、その恐さも取れ、うまく波に乗れたときは、とても嬉しく楽しいです。
 もっと上手くなりたい、波に乗りたいと思い時間を忘れるぐらい夢中で練習をしています。サーフィンとボディーボードを始めるようになり、海も大好きになりました。波の音を聞き、果てしなく続く地平線を見ながらぼーっとする時間は特別な時であり、癒しでもあります。落ち込む事や辛い事があっても、海へ行き見ていると「よし、頑張ろう!!」と、気持ちを切り替える事ができ、元気をもらえます。
 毎日保育をする中で、自分自身が体験した、努力をする事で、できるようになる事、挑戦をしていく大切さを子ども達にも伝えていけたらと思っています。
 これからも、たくさんいろんな海へ行き、海の良さ楽しさを知り元気をもらっていきたいです。そして、サーフィンの本場であるハワイへ行き、サーフィンをする事が今の目標です。その目標を楽しみに、どんな波にも立ち向い、挑戦していきたいです。


次は、仲村志賀子先生です。

 

 

 

 

岩井智子 先生

 

 

9月

 

 私は、7人兄弟の3番目です。家が農家だった為、小さい頃から田植えやさつま芋の草ひきなど、出来る事は何でも手伝うのが当たり前の生活でした。兄弟で順番を決め、お風呂を薪で沸かしたり、その炭火で母の作ったとうもろこしを焼いて食べたり、夏休みは畑で育ったスイカやトマトやきゅうりを持ってみんなで川に泳ぎに行き、それをおやつにして食べました。とても美味しかったことを思い出します。
 幼い頃の思い出で一番心に残っているのは、家で育てていた鶏が餓死してしまったことです。鶏の卵は貴重なたんぱく源でした。みんなで順番を決め、餌をあげていたのですが、ある日一羽が死んでいました。いつもは優しかった父ですが、その時は、「餌も水もなくなり、どれだけ辛かったかわかるか!」と言って全員がビンタされました。その時、生き物はしっかり世話をしなければすぐに死んでしまう・・・としみじみ怖くなったのを覚えています。幼い頃の思い出は、数限りなくあります。
 今思うとテレビも携帯電話も車もなく、不便なことも多かったけど、家族や地域の人達が助け合っていかなければ生活できない環境にありました。ある意味で人間として豊かな生活だったのかもしれないと思います。
 今は昔と違ってある意味、子育てがしにくい環境だと思います。子どもにとっても危険がいっぱいです。私も3人の子育てを終えてみて、反省することが多いです。子どもは小さいけれど、それぞれ個性を持った一人の人間です。その個性をできるだけ否定せず、認めて丸ごと受け入れると自分が出せるし、自分は自分で良いのだと自信を持ち、その子なりに伸びていけるように思います。子どもは好奇心旺盛でいろんなことを澄んだ瞳でジーッと見て感じとっています。意慾を育てると共に良いことと悪いことを教えていくことも大切ですね。
 子どもはすぐに大きくなります。親を求めてくるのは今のうちだけです。今のうちが人生で一番可愛い時です。テレビや携帯はちょっと置いて、お父さんも一緒に親子で遊んだり、絵本を読んだり、掃除をしたり、料理を作ったり、関わりを持ち、怒ったり、泣いたり、笑ったりしながら子育てを楽しめたら良いですね。


次は、岩井智子先生です。

 

 

 

 

佐藤千鶴子 先生 

 

 

 

8月

 

 5年ほど前から山登りを始めました。大文字山や愛宕山など京都の山を中心に登っていましたが、最近では関東や四国まで足を延ばすようになってきました。
 色んな山に登ってきましたが、実は「登り」が大の苦手で、登り始めは「ああ…しんどい。早く帰りたい」「もう山登りは今回で最後にしよう…」と、心の中は弱音でいっぱいになります。いつも一緒に登る夫は1,2回「大丈夫?」とお決まりのようにとりあえず聞き、私は「ちょっと今日は調子悪いわ…」といつも答えます。
 そんなやりとりを繰り返しながら頂上を目指しますが、頂上に着いてしまえば急に元気が出てくるのです。そして、冬なら具沢山の豚汁やキムチ鍋、夏ならざるそばや冷凍フルーツなど山ご飯を作ります。山ご飯を考えたり、下ごしらえをしたり作ったりするのが大好きで、それが楽しみで登っているのかもしれません。ご飯を食べてコーヒーを飲んでほっこりすると、「登り」でしんどかったことなんかすっかり忘れて、「さあ、帰ろう!」と元気に下山をします。帰り道に日帰り温泉で汗を流すと、「あ〰楽しかった!次はどこの山に登ろうかな…?」とワクワクしている私がいます。
 これからも無理をせず、安全第一で、いろいろな山に登っていきたいです。


次は、佐藤千鶴子先生です。

 

 

 

 

大江久美子 先生 

 

 

 

7月

 

 息子が野球を始め応援するようになって10年になりました。長男、次男、三男と3人の息子達はみんな野球に関わってきました。長い間やっていると3人共怪我をしたり、悩みに葛藤したりといろいろなことがありました。それでもボールに触れていると、すっかり忘れて思い切り楽しんでいるようです。
 好きなことに関われるのは、嬉しいことですね。長男は小学3年生の頃、楽しいと思えることが何もない、やりたいこともないと気持ちが落ち着きませんでした。
 そんな時に出会ったのが野球でした。弟が始めるといった野球にどうせ応援に来るのだから、お兄ちゃんも一緒に始めたら?とすすめられ渋々始めました。決して上手ではなかったけれど、野球をするようになって、「野球楽しい!」と言えるくらい好きなことになっていたのです。打ち込めることができたことで気持ちも落ち着いていきました。
 その後、進路を決めていく節目にきた時、やはり将来何がしたいのか、どうやって方向を見据えるのか、岐路に立つと悩んでいます。悩みながらも決めた道へと1歩ずつ進んでいます。選んだ道が思っていたのと違うと感じるとまた岐路に立ちます。人生はそうやって迷いながら右往左往するものなのかもしれません。
 私もいろいろ悩みながら保育士という仕事に就きました。今は子ども達の笑顔に触れることができる仕事に就けたことをとても嬉しく思います。大変なこともありますが、楽しく毎日を過ごせることに感謝しています。我が子の子育てをしながら最近思うことは、これからの未来のある子ども達が自分にとって楽しいと思えること、好きだなと感じることを、たくさん見つけていってほしいということです。新しい発見に驚いたり、友だちと関わって一緒に楽しんだりして、たくさんの経験を積んでいって好きなことを笑顔でできるようになってほしいです。

 微力ながらもそんな子ども達の成長を見守りながら応援していきたいと思っています。


次は、大江久美子先生です。

 

 

 

 

馬越奈緒子 先生 

 

 

 

6月

 

 子育て真っ只中の保護者の皆さん、毎日お疲れ様です。
子育ては大変ですが楽しいこともたくさんありますね。私も、3才の娘を保育園に預けてお仕事をさせていただいている一人です。とにかく毎日時間との闘いで、夜子どもと一緒に布団に入る時にはすっかり疲れて娘とのお喋りもそこそこに気がつけばすぐ寝付いてしまいます。私は超高齢出産で、妊娠期から出産までトラブル続きでした。
 約50時間の陣痛に耐えてようやく産まれた時には無事に産まれてくれたことが本当に嬉しく思えました。そんな思いも子どもが成長するにつれ薄れていき、思うようにならずにイライラしたり子どもを怒ったりすることが増えてきてしまいました。特に朝は限られた時間の中でやらなければいけないことがたくさんですよね。出勤前にひと仕事分の疲れを感じることもあり、自分は保育士なのに・・・と情けなくなることがたびたびです。
 今は子どもが生活の中心。でもこのバタバタ忙しく過ごす時間が一番楽しかったという子育ての先輩方の話もよく耳にします。子どもに振り回されることを楽しみながら、一生懸命できるだけ心おだやかにこの時期を大切に過ごしていきたいと思っています。皆さん一緒に子育て楽しみましょうね!


次は、馬越奈緒子先生です。

 

 

 

 

小山月路 先生 

 

 

 

5月

 

  園の花壇では色とりどりのチューリップが可愛らしく咲いてい  て、心を和ませてくれていました。
 先日、府立植物園へ行ってきました。あちこちの花壇には一面のチューリップ!チューリプ!私はチューリップの花が大好きで、この時期の植物園が一番好きです。チューリップにもたくさんの品種や色があり、花びらがユリのように尖っているもの、花びらが幾重にも重なっているものもあります。それぞれの花には名前がついていて、クィーンオブナイト、チャーミングビューティ、ミスフランスなどなど。どれもなるほどと納得できる命名で、見ていると楽しくて飽きません。
 実家が植物園の近くだったので、実家に帰ると植物園へ行こうか、ということになり、よく訪れ四季折々の植物園を楽しみました。両親は晩年ハウステンボスの近くに住んでいたので、訪れる度にハウステンボスに行きましたが、ハウステンボスの見渡す限りのチューリップは息を飲む美しさで、優しく幸せな気持ちにしてくれました。
 母は四季折々の花の絵手紙を送ってくれていたことを思い出し、私も花が描きたくなりました。5月末頃には植物園のバラ園にバラが華やかに咲き誇ります。楽しみに、また訪れたいと思います。


次は、小山月路先生です。

 

 

 

 

松居純子 先生 

 

 

 

4月

 

  趣味ではじめた野菜づくり。土をいじる事が大好きで素人ながら桂高校の市民講座で月2回の土曜日、2年間でしたが年齢層の幅広いたくさんの仲間と一緒に野菜づくりを学びました。
 その中で土づくりや肥料の量、植える時期、土寄せや畝(うね)づくりなど、色々と教えてもらいながら実際に学校の畑で栽培しました。春夏秋冬とその時期に作れるものをグループごとに計画栽培しましたが、その年の天候や気候に左右されたり、肥料の量や間引きのタイミングなど思うように上手くいかなかったりと失敗の連続でしたが、講師の先生の助言・指導もあり美味しい野菜を作ることができ、新鮮な取立て野菜を食べた時の美味しかった事は何とも言えない喜びでした。
 当たり前に食べていた野菜ですが、自分で育てることで、お百姓さんはこんなに大変な思いをして作ってくださっていたのかと改めて感じ、精魂込めた野菜を粗末にしてはいけないと思いました。
 栽培活動を通じて放っておいても育つ物もあれば、手をかけ目をかけないとうまく育たないもの、栄養を与えすぎて肥料ボケで駄目になったりと、子ども達を育てることと同じように、命あるものを生かしていく大切さを感じました。
 冬の寒さに耐えながら野菜本来のもつ美味しさを土の中でため込んで、春には花を咲かせ実を稔らして人々を収穫の喜びへと、運んでいき「美味しい」とみんなを笑顔にしていくすばらしい野菜です。
 お百姓さんは、次から次へと何を植えようかと考えないといけないので、ボケてられないという話を聞いたことがあります。将来ボケないように始めたのが野菜作りの本当のきっかけかもしれません。
老後は「自給自足」を楽しみたいと思います。


次は、松居純子先生です。

 

 

 

 

松原美佐子 先生